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不登校児をもつ親御さんがたに読んでいただきたい



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不登校児問題というのは、最近とても目立ってきている問題です。
と言っても、その流れはここ最近というわけではありません。すでに10年以上前からその問題は始まっていました。

私は元不登校時でした。

だからこそ、不登校の子供が抱える問題というのが少しは分かります。
そして、私の親は、不登校児を持つ親でした。

相当に苦しんだと思います。
親と言っても、父親よりも母親のほうに迷惑をかけたなと思います。
もちろん、家の父親が家庭を顧みなかった訳ではありませんが、不器用だったのだと思います。
私も血を引いていますから、近しい人間とどう接したらいいのかと言うのは、分からなくなることがあります。

今回は、不登校児をもつ親御さんを中心にどうしたらいいのかを書いていきたいと思います。
もちろん、コレは私が不登校児であった時の主観であり、自分が抱えている問題の根本的な解決にはならないかもしれません。
しかし、一つだけ言えるのは、私達は「不登校」と言う問題を解決しました。
色々と困難なこともありましたし、面倒臭いことも多かったです。

ですが、解決したのです。






<身の上話>

まず、身の上のことから書かせていただきます。
なぜ、私が不登校になってしまったか。それは、いじめが大きな原因でした。
それと、私には弟が居ますが、その弟がすでに不登校だったということも原因の1つです。

お恥ずかしながら、私は強い子供でも、よく出来た兄でもありませんでした。

そのため、弟が許されていることが、なぜ兄である私には許されないのかが我慢できなかったのです。

初めて学校に行かないと言い出した時のことは今でも覚えています。
小学校の時のことですから、もう10年以上も前の事になります。

学校に行かないと言い出した私を、母は怒りながら引っ張りました。
カーペットを掴み、泣きながら必死で抵抗しました。

仕事の時間もあるので、母は諦めて仕事へ向かい、私はその日初めて不登校しました。

長く続くと、それが当たり前になってしまうんでしょうね。
母も表立って口にすることはなく、多分その時が一番つらい時期だったと思います。
食事にしても、旅行にしても、何事も無関心というか、互いに牽制しあって、緊張状態が続いていました。

私にとって一番辛かったのは、4年生の時です。
4年生から不登校をして、騙され、怒られ、なんで自分がこれだけ辛い目に合わなければいけないのかと思っていた時期もあります。その4年生のトラウマで、私は20を超えるまで、感情というものを半ば押し殺したりもしていました。
大人は理不尽だ。なぜ誰も分かってくれないのか。甘える先がありませんでした。

私が不登校を完全に克服出来たのは、6年生の時に出会った担任の先生のお陰です。
当時「魔女」とアダ名をされていた先生は、厳しいながらも優しく、色々なことを教えてくださって、今はもう引退しているでしょうが、機会さえあれば、会ってお礼が言いたいくらいに、6年生からの人生で支えになってくれていた人物です。

その人が言うのです。
「確かにお前は体も小さいし、ひ弱だけれども、反抗しないでどうするんだ。やり返せ!」

そりゃ、はじめのうちは実行するのは難しかったです。
でも、ある時からかわれた時に、それを実行したのです。相手を壁に押し付けて、なんて言ったかは忘れましたが、それからは確実に私に対する評価が変わりました。

そしてその事を、その先生は暴力はいけないとたしなめることもせず、よくやった。やれば出来るじゃないかと褒めてくれました。

それからは、まぁ、いじめにもあいましたが、なにがあったんでしょうね。私は学校を休む頻度が限りなく少なくなりました。いじめられてたのに学校に行くなんて、今考えても面白いですねw

身の上話は以上です。
次に私なりの親の気持ちを考えていきたいと思います。





<親の気持ち>

私自身は、不登校児であったので、不登校をしている子供の気持ちは少しばかりわかります。
しかし、親の場合は、私がこの目で見てきた主観でしか分かりません。

それがどれほど辛いことなのか、未だに頭でも分かっても、心の奥底から共感できるかと言われれば疑問符だらけです。
だから、私の親を引き合いに出して、考察していきたいと思います。


私の親が、どれほど苦労したか。それは未だに分かりません。
もっと言うと、当時は考えもしませんでした。

当時、母は相当に悩んでいたのでしょう。今でも、家の中には不登校児を取り扱った書籍がありますし、何度かカウンセリングにも弟を連れて行っていました。
まぁ、私の場合は1回か2回くらいだったので、どんな話をしたかなんてのは覚えていませんが…w

そして、母は、不登校児をもった親の組合というかサークルというか、そんなものにも参加していました。
私もそれについていっては、気ままに遊んでいるだけでしたが、今思うとそういう悩みを持った方は沢山いらっしゃいました。
10年前ですら、200名前後の方が、それに参加してたのですから、今ではもっと巨大になっているのではないかと思います。

大分思いつめていたのでしょう。
母が夜になってすすり泣いているのを聞いたり、咳き込みながらタバコを吸っているのを見たのは、その時が最初で最後でした。

子供ながらに、咳き込みながらタバコを吸っている母に、「辛いなら吸わないほうがいいよ」と声をかけた覚えがあります。
その言葉に母はどれくらい救われたのでしょうか?
少なくとも、私はその言葉が母の救いになったと今でも思います。母は「そうだね」と言って、怒りもせずにただ納得したという感じでしたが、それ以来タバコを吸うことはありませんでした。


母ばかりに話が言ってしまいますが、父も苦労したのではないでしょうか。
仕事柄家を空けがちで、母に全てを任していることをなんとも思わない父親ではありませんでしたから、母と喧嘩もしていました。内容までは覚えていませんが…。

ある時、私達はストライキを起こしました。
部屋の扉に紙を貼り付け、入ってくるなと言いました。母は何も言いませんでしたが、父は大激怒。
扉を外し、私達を殴りつけたのです。

きっと母がいたたまれなくなったのでしょうね。今でこそ、バカなことをやったと思います。

そんな父親が、弟の不登校が直った時にどれほど喜んだことでしょう。
職場で常々自慢していると話していました。
まぁ、弟の不登校が治ったのは高校生の時でしたから、10年近くも不登校をしていた弟が殆ど独学で高校に受かったのがよっぽど嬉しかったのでしょうね。

実は母よりも、父のほうが喜んでいて、当の母親自身は、やっと肩の荷が降りた。やれやれと言った感じでしたね。
私はというと、中学の時の担任が、弟の担任だったので、高校1年生の時はすごくパシられてました。先生にw

そう思うと、家族の中で一番深刻に考えていたのは、あまり当事者になれなかった父親自信なんでしょうね。

行くところまで行くと、当事者である人間というのは、諦めとか妥協とかで、あまり意固地にならないのかもしれないですね。





<子供が思っていること>

多くの親御さんが一番悩むのが、子供の気持ちがわからないことだと思います。
でも、それは親に限ったことだけではありません。

実は子供が一番わからないのです。
なぜ自分が不登校になったのか。自分がどんな気持ちでいるのか。自分はどうすればいいのか。
親は自分のことをどう思っているだろうか。周りの人間は自分をどんな目で見ているのだろうか。
ああいう時、どうすればよかったのか。将来自分はどうなるのだろうか。

そして出る答えはネガティブなものばかり。
もっと強くなりたい。誰にも邪魔をされたくない。もっとわかって欲しい。

いつまでも終わらない自問自答で、周りの声などは雑音にしか聞こえないのです。
そんな状態で、親の気持ちを考えろなどという言葉は、核弾頭にも等しい攻撃です。

親に悩みを打ち明けないのは、親のことを考えているからです。
こんなこと、あんなこと、言っても多分重荷になっちゃうだろうな。そうすると、自分は更に居場所がなくなるだろう。
弱い人間だと攻撃されるだろう。きっと分かってくれないだろう。

もちろん、そんな事を思う親は居ないでしょうが、これが不登校の子供、ひいては引きこもりの人間が考えている事柄なのです。

一番つよい欲求は、強くなりたいという思いです。
誰も逆らえないような腕力、どんな事を言われてもおれない心、思ったことを現実に出来る能力。
中2病だと笑ってしまいそうになるかも知れませんが、これが考えている事柄の大半です。

私は、人からは強くなったとか、強いねと言われることがありますが、決して強くはありません。
20歳を越えて、トラウマに足をかけた状態ですので、完全にPTSDがなくなったわけではありません。
むしろ、どんどん自分が弱くなっていったように感じるほどです。

今でも自分は強くなりたいと思っています。
何を言われてもおれない心、色々なものを支えられるくらいの思い。
現実的になればなるほど、わからない思いで四苦八苦している状態です。

自分は、今でも過去のことを自分の口で話すのが、とても嫌でたまらない。
それこそ、手を上げてまで拒絶するほど、思い出したくないのです。

こうやって字では書き起こせても、未だに口で言えないというのは、頭では分かっていても、心が納得していないのです。

多分、今でも共感するのは、親の気持ちよりも、子供気持ちだと思います。


当事者の子供たちは、なにがなんだかわからなくなっているのです。
思考が追いつかない、理解も出来ない、じゃあ、どうすればいいんだ。
そんな答えが誰に出せるでもないくせに、ひたすら考えているんですよ。

理解は出来ないかもしれませんが、こういうことを思っているのだと知っておいてください。
もちろん、なにが正解かは、当人が答えを見つけ出すまで、永久に謎のままです。
私だって、未だに納得の行く答えを見つけることが出来ませんし、昔負った心の傷を塞ぐことはかなわない状況です。


それでね。一つだけ、絶対にしてほしいことがあるんです。
子供たちは、自分の居場所がなくて困っているのです。それは、もう本当に。
自分の殻に閉じこもって、親や社会に顔を出せないのは、居場所がないからです。

居場所というのは、心の拠り所です。
ネットがなくなっても、家がなくなっても、心の在処を示してあげる。
掛ける言葉なんか一言でいいんですよ。

「お前は俺の子供だ」「愛してる」
そんな言葉ひとつで、どれだけ救われるでしょうか。
少なくとも、私は一人暮らしをする前に、母の口からこの言葉を聞けて、すごく安心しました。

不器用でいいんです。
ただまっすぐに、存在を受け入れてあげてください。
否定しないで上げてください。

それが私からのお願いです。





<どうすればいいのか>

ここまで読んで下さり有り難うございます。
私の身の上話が思ったよりも長くなってしまったので、あまり解決につながることがなかったのではないでしょうか。
ここからは、本当に 今当事者である人にむけて 書いていきたいと思います。

そもそも、不登校児というのは、それなりの闇を抱えています。
家族に対する劣等感であったり、学校に対する不平不満、いじめという大きな問題。
それらを親の力でどうこうするというのは、とてもじゃないですが無理です。

はじめのうちは、どうしても強硬策に走ってしまいがちです。
子供であっても、心がわかるということはありませんし、言葉は拙く、それでいて攻撃的です。
そんな所に力で迫っていっても、天の岩戸が開くことは決してないのです。


まずは、しっかりと話し合いの場を設けることです。
相手が逃げたがっても、しっかりと正面を向いて、相手の話を聞いてあげる。そして決して感情的にならないでください。
当時の私は、親が味方だとは到底思えませんでした。どうしても感情が先に出てしまうからです。

まずは相手の意見をしっかりと聞き、優しく受け入れてあげる。
親にすら心を閉ざしてしまっている子供は、他人に対してもなかなか心を開こうとしません。
味方であると、しっかりと相手に納得させてください。

そして、相手に自分の苦労を押し付けては行けません。それだけで相手は敵だと認識してしまいます。
感情的になっていたとしても「どうして分かってくれないの」的な発言は、亀裂しか生み出さないです。
もしもわかって欲しいなら、さり気なくやってください。


次に仲間を作ることです。
カウンセラーでも構わないですし、同じ境遇の親御さんなどの集会に行くのも、決して無駄な徒労ではありません。
さすがにそこから宗教にハマってしまうのはどうかと思いますが、自分のことを本当に理解してくれる仲間づくりというのは大切です。
仲間が居るのと居ないのとでは、心の余裕に大きな差が生まれます。

今はインターネットを使っての交流も出来ますので、絶対に一人で立ち向かわないこと。
彼らの天の岩戸は、どんな事をしても、相手が開けてくれるまでは絶対に開くことはありません。
もしも、自分で開けられないと感じたのであれば、他人を頼る。
他人のほうが、実は開けてくれやすかったりするのです。


そして、多くの方が、過保護というかかかりきりになっていたりはしないでしょうか。
実は味方になりすぎてもダメなのです。そうなると子供は甘えたままになってしまって、親をまるで召使であるかのように扱います。親は親!舐められるのも行けないのです。

ダメなことはダメと、手を出してでも伝えるべきことは伝えなければなりません。
子供に優しさゆえに手を挙げられないのは、実は子供ことをよく見ていない証拠です。
見ているからこそ、必要なときには手を挙げる。それこそが優しさだと思います。

私は父に殴られたことが、二回あります。と言うか、殴られたのは二回だけです。
一度目は、扉の時。二度目は、私がやけになってリストカットをした時です。
リストカットした時の父の対応は、正しかったと思います。多分言葉も見つからず、だけども愛する子供が命の危険を犯して居る。だからこそ、私を殴りつけたのです。それだけで十分伝わるのです。

一番いい手段は、放っておくことです。
成長するに連れて、考え方は個人個人違ったものになってきますし、理解力も育ってくれます。
放っておいたら何をするかわからない とは思いますが、遠くから見守ることも、子育てなのです。


最後は、色々な経験をさせる。
家から引きずりだしてでも、外の世界に触れさせる。
何がきっかけになるかなんて分かりませんが、どれだけどうでもいいことでもきっかけになってしまうのです。

私だって、6年生の担任の言葉がなければ、ここまでは育たなかったと思います。
もちろん、今はそんな事を言ってくれる先生なんて居ないでしょうが、だからこそ私が後世に伝えていきたいと思っています。

もちろん、きっかけがあっても、それがいい方向へ進むのか、はたまた悪い方向へ転がるのかは、本人の解釈次第ですが、きっかけはいくらあっても困ることはありません。

知らない人との交流、友だちとの喧嘩、映画鑑賞、公園での散歩
どんなことでも構いません。とにかく外の世界に足を使って連れて行く。
ネットではダメです。現実だからこそ、きっかけになりうるのです。






<謝辞>

ここまで読んでいただきありがとうございました。
私は、別段不登校児の専門家ではありませんし、今現在頑張っている親御さんの気持ちなど1つも分かりません。
上記のことが、どれほどの解決になるかも想像もつきませんし、もしかしたら「だからどうした」と言われることかも分かりません。

ただ、私達家族は、不登校を克服することが出来ました。

もしも、今お悩みになっている方が入れば、すこしでも手助けしたいと思います。
そして、多分私は子供の側に立ってしまうだろうと思います。それでも、親のしてきたことを見ているわけですから、双方の立場の中間(子供よりにはなるでしょうが)で話をすることが出来るのではないかと思います。

私はもちろんのこと、両親だって、一人の力では解決することは出来なかったと思います。
私以外でも、だれでも構いません。相談してください。
決して、一人で悩まないでください。それは、親はもちろん子供さんも、一人ではないんだと思ってください。

どちらの味方にもなります。どちらの敵にもなります。
それが、不登校を克服した私にしか出来ないことだと思うからです。


最後まで読んでいただけましたらば、ぜひ拡散させていただけるとありがたいです。
ありがとうございました。
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