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自作小説 「アシカのおっさん」



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今日、街ですごくアシカににた人を見つけたので、こんな人がいたら面白いんじゃないかと思って書きました。
フィクションです。登場する個人・団体・組織には何の関係もありません。

暇つぶしにでも読んでくれたら幸いです。




アシカのおっさん


僕らの知り合いに、変なおっさんがいる。
そのおっさんの事を僕らはアシカのおっさんと呼んでいた。


アシカのおっさんは、顔面がアシカに似ている。
丸顔で、青髭が口の周りに付いていてチラホラ長いひげがある。だからアシカのおっさん。
僕らとアシカのおっさんは仲がいいかと聞かれればそこそこに仲はいいと思うけれども、はたから見ればどうだかわからない。
僕らがちょっかいを出しに行くのだが、適当にあしらわれて終わり。そんな間柄だ。

僕らはそれで十分満足していた。
母親から人の迷惑にだけはなるなと常々言われていたから、度を越してちょっかいをかけると母の怒りが飛んでくる。
それに比べれば、アシカのおっさんの小言を聞くほうが何倍もマシだったし、アシカのおっさんはそこまで怖い人じゃないと言う根拠のない自信があった。

アシカのおっさんとの出会いは、夕方の公園だった。
僕らが公園へ遊びに行った時に、一人でベンチに座り何事かを思案していた。

変な人だなと僕らはお互いに顔を見合わせて、少し離れたところでサッカーをやっていたのだが、友だちが蹴ったボールが大きくコントロールを失い、おっさんの頭にあたった。
おっさんは「おう」っと言うと、仰け反り、遠目に見ても痛そうだった。

僕らとしては逃げたかったが、アシカのおっさんは意外にもすぐに立ち直ると、ボールを小脇に抱えてこちらにやって来た。
怒られる! そう思っていたが、アシカのおっさんは無表情でこちらに来たかと思うと、満面の笑みを浮かべ「これ君らのか?」とボールを渡してきた。

「おっちゃんな。小さいころサッカーやっててん。こう見えてフォワードやってたんやで」

これは暗に混ぜろと言っているのかとも思ったが

「元気なんはええこっちゃ。せやけど、人に当てたらあかんわ。それは分かるな?」

目だけ笑いながら、小言を発した。
やっぱり怒ってるじゃないか。子供だからって舐めてかかってきてるんだ。

そう思うと、少しムッとして
「あんな所におるのが悪いんちゃうん」
と言い返してしまった。

おっちゃんはまさか反論が飛んでくるとは思ってなかったみたいで、その目から笑顔が消えてマジな目で言ってきた。

「そら、おっちゃんかてそこにおったのは悪かったかもしらんけど、公園はみんなの場所やろ?坊主たちだけやのうて、他の友だちも遊びに来るやないか。その友だちに当てて大怪我さしたらどうする?」

しまった。こんなつもりじゃなかったのに。
母親からの言いつけは、当然守っているものだと思っていたが、今まさにおっちゃんに迷惑を掛けてしまったのだ。

「ごめんなさい…」

なんとも小さい声しか出ない。
僕がありったけの声で言うと、友だちも口々に声を出してごめんなさいをした。
恐る恐るおっさんの顔を見ると、その目には笑顔が戻っていた。

「分かったらええんや。おっちゃんも怒ろう思て声かけたんちゃうんや。どや、おっちゃんも一緒にサッカーやってええか?」
「うん、いいよ。一緒にやろう!」

さっきまでの弱気は何だったのか。僕たちはコイツになら勝てると思っていたので、すぐにOKを出した。

結論から言うとアシカのおっさんはアシカ並みにボールの扱いが上手かった。
野良試合を何度も経験しているのに、手も足も出ない。
サッカーだから手を使っちゃいけないのだけれども…。


あまりの強さに1対多数で試合をしたにもかかわらず、結果は惨敗。
0対5でアシカのおっさんが勝った。
僕らといえば、散々走り回ってハァハァしているのに、アシカのおっさんは、もう終わりか?とでも言うようにリフティングを続けている。

「おっちゃん、めっちゃ強いな」
「昔サッカーやってた言うたやろ?まだまだ若いもんには負けんっちゅうこっちゃ」

最後のシュートを決めると、おっちゃんは僕らに振り返った。

「サッカー教えたろか?」
「知ってるよ」
「せやけど、1点も取れんのは悔しいやろ?」
「うん」
「ほな今度の日曜に、またおいで。サッカー教えたるわ」
「うん」

なかば強引だった気もするけれど、僕らも悪い気はしなかった。
オッサンは確かに強かったし、僕らがヘバッてしまったの事実だったから、なんとも意趣返しをしてやりたいと思っていた。





日曜日。アシカのオッサンはまたもベンチに座っていた。
手には、いつ買ったのかも分からないスポーツドリンクが残り少なくなっていた。

「遅かったなぁ」

僕らを見つけるなり、嬉しそうにこちらに向かってきた。

「おっちゃんが早過ぎるんや」

僕らの会話はいつもこうやって始まる。
このおっさんは、僕らの立ち回りなど知っているぞと言わんばかりに、会うといつもこうだった。

おっさんの指導は、分かりやすい所もあれば、何を言っているのか分からない時もある。
言っていることを僕らがわからないと、うんうん唸るのはおっさんの方だった。

「せやから、ボールを蹴る時は、こうズバッとやな」

やっていることを真似してはみるが、どうもおっさんの納得の行くようになっているわけではないらしく、違う違うと言っては、うんうん唸る。
僕らはそれがたまらなく面白かった。

おっさんは、僕らのイタズラが分かりやすいものだと目を輝かせた後に、コレ以上やっちゃダメだぞと言うが、意図がわからないとうんうん唸る。
その姿がどことなくアシカのそれに似ているのだ。

でも、僕らもサッカーについては強くなりたかったし、おっさんの言うことは真面目に受け取って反復しているつもりだった。
だけど、そうじゃない奴もいた。

「もう止めよ。こんなんアホらしくて続けてられへんわ!」

僕らの中でもサッカーとなれば右に出るものが居ないと自他ともに認めるトラオが言った。
トラオは、皆からトラと呼ばれ、野良試合を持ってくるのはいつもトラの役目だった。
サッカーというと、トラのいない試合はなかったし、僕らがサッカー以外やらないのもトラが居たからだ。

「何が気に食わんねん?」

おっさんは困り果てた顔でこちらを覗きこんでくるが、トラは目も合わせずに地面を蹴った。

「何がって、こんなんで強なれたら苦労せんやろ。毎週毎週おんなじこと何回もやって、なんでもかんでも違う違うってやってられへんわ」

トラの言い分はもっともだ。
上手く出来たと思っても、アシカのおっさんはやれここが悪い。そこが悪いと難癖をつけてはうんうん唸る。僕らとしては、もう十分満足していたから、そこまで本気に考えてなかっただけかもしれない。

「ほんならいっぺん試合してみよう。1点取れたら、もう終わりでええわ」

そう言って、おっさんはうんうん唸るのを止めた。

試合は初めてあった時と同じく一対多数の僕らが有利な条件で始まった。
ハンデということで、ボールはおっさんが最初に蹴りだす。

僕らは必死になってボールに食らい付こうとするが、アシカというよりヘビかと思わせる柔軟さでおっさんは僕らをあしらった。

0対1。0対2。
どんどん点差をつけられていったが、トラだけは何度も何度もボールを奪おうと向かっていく。

あっ。

誰が叫んだかわからないし、叫ばなかったかもしれないけれど、僕らは全員がハッとした。
トラがおっさんからボールを奪って、ゴールキーパーの居ないゴールへかけていく。

勝った!

おっさんも必死になってトラを追いかける。
今まで見たことがなかった全力疾走。グングンと間を詰めて、トラへと迫っていく。




「遅かったな」

声を掛けたのは僕らの方だった。
僕らが先に声を掛けたのは、この時が最初で最後だったと思う。

おっさんはバツが悪いといった感じで、ベンチに座ると、頭を掻きながら頼りなく言葉を発した。

「なんでおんねん」
「おっさんが来いって言ってたから」
「一点とったら終わりや言うたやろ?」
「あんなん勝った内に入らんよ」

試合の結果は、見事1点を取って僕らの勝ちだった。
でも、ゴールを決めたのは、トラではなくアシカのおっさんのオウンゴールだった。

いつもは器用にボールを操るアシカのおっさんが、その時だけはボールを取り返そうとして、自分のゴールにボールを入れてしまったのだ。

トラは、すこし呆然としていたけれど、何も言わずに帰っていった。
僕らも、おっさんが寂しそうにしていたのを尻目に、なにかとんでもなく悪いことをしてしまったような気持ちで帰路へとついた。

僕は勿論、誰も納得はしていなかった。今度の日曜もまた公園へ行こうと学校で話し合った。
トラにも声を掛けたのだけれど、俺はいいやと言って、その後声をかけることは出来なかった。
集まったのは、いつものメンバーから2人を引いた3人だった。

もう一人はと言うと、塾の模試があるからといって来なかった。

「数が減ったなぁ」

あしかのオッサンは名前こそ覚えていなかったが、顔を覚えるのは得意らしく、公園以外でも僕らを見つけると話しかけてきた。
一度、スーパーで出会った時に、母と買い物中にばったりあった時など、母は顔をしかめていたのだけれど、そこそこ仲良くしているのを見ると、いつもの様に「迷惑だけはかけちゃダメよ」と言うだけであった。

「あんなんでも勝ちは勝ちやで。なんで来たんや?」

さっきと同じ問を、わけがわからないというように繰り返すアシカのおっさんは一人で答えを探そうと唸っている。

「キーパーがおったらあれは入ってへんかったやん」
「そやけどやなぁ」

僕らの答えに一応は納得したものの、どこかまだ腑に落ちないと言った感じである。

「あの子どうしてんの?」

今まで唸るだけだったおっさんが唸るのをやめて少し寂しそうに質問してきた。

「どうもせんよ。最近付き合いも悪いし。」

それを聞くと、またバツが悪そうに頭を掻きながら、悪いことしたかなぁとつぶやくオッサンは、あの時僕らが帰った時と同じくらい寂しそうにしていた。

結局、その日は、サッカーを教えてもらうでもなく、話をするでもなく、ただただ公園を眺めるアシカのおっさんと、暇を持て余して僕らが公園の遊具で遊んだり、サッカーをするだけだった。




いつだったか忘れたけれど、トラと喧嘩をした。
おっさんがサッカーを教えてくれなくなった週かもしれないし、また教え始めてくれた週かもしれない。
とりあえず喧嘩をしたってことだけは覚えている。

「なんでこんのん?」
「勝ったんやから、もうええやろ!」
「あんなんで勝っても気持ちよくないやろ?」
「おっさんが1点でも言うたやんか。1点は取ったやろ!」

僕らの喧嘩は口げんかから次第にお互いがつかみ合いになるまで発展した。
どっちが先に手を出したかは覚えていないけれど、多分トラの方からだったと思う。

トラはといえば、その後サッカーをやるでもなく、遊びに誘っても何かと理由をつけては断るようになっていた。
原因があの時の一戦であったことは、大人じゃない僕らにだって分かっていたことだった。

「ほんまはサッカーやりたいんやろ!」

多分この言葉が、トラのスイッチを押してしまった。
きっとトラだって薄々は分かっていたんだろうけど、どこか認めたくない気持ちが優っていたのだと思う。勝負に勝って試合に負ける。まさにそんな言葉がぴったりだったと思う。

僕とトラはというと、友だちの仲裁もあって、先生から怒られることで、一応の仲直りをした。
先生は二人がなんで喧嘩をしたのかも定かじゃないけれど、手を出したらイケないと、そればっかりだった。

きっとアシカのオッサンならば、この時ウンウン唸りながら、なんで喧嘩したのかという原因まで根掘り葉掘り考えるんだろうけれど、この喧嘩の原因は、言うまでもなくアシカのおっさんが原因だった。

結局形だけの仲直りだったので、僕らの間柄というのはお互いが疎遠になっていった。
そのことは、はたから見れば誰でもわかったことだろうに、先生は気にもとめなかった。

僕はもう一度、トラと一緒にサッカーをやりたかった。
サッカーをやっている時のトラは、とても生き生きしているし、それに僕らも鼓舞されてトラに負けないように必死でボールに食らいつく。
それが今までの当たり前だったし、これからもそうなるだろうと思っていたのに、あの1件からトラはサッカー自体を避けるようになった。

なんとかしたい。
僕だけじゃなく、あの時その場に居た全員がそう思っていた。
だから、アシカのおっさんに相談してみよう。誰から言うわけでもないけれど、次の日曜日の行動はもう決定していた。





次の日曜日。
遅かったなと声をかけたのは、アシカのおっさんではなくトラだった。
アシカのおっさんはまだ来ていなかったけれど、トラがその場にいた事を誰もが喜んだ。

でも、トラだけはバツが悪そうにしている。
どこか元気がなく、いつも僕らの一歩先を行っているはずのトラが、その時はまるで鼠に噛まれたネコのように、しょぼんと立っているのだ。

そのことに、僕らが気づくことはなかった。
ただただトラが顔を出して、再び僕らと遊んでくれることが嬉しくて、誰もトラがなにか悩みを抱えているなんてことを気にかける奴は居なかった。

その日、変わったことはというと、トラが来たのと、アシカのおっさんが来なかったことだ。

待てど暮らせど、アシカのおっさんは現れず、とうとう日が暮れてしまった。

トラとの関係は、以前の状態に戻りつつあったが、どこか壁があるように感じた。
僕はまだあの時の喧嘩のことを気にしているのかとも思っていたが、なかなかいいだすことが出来なかった。でも、それだけが原因じゃないということを僕らは知らなかった。


アシカのおっさんが公園に顔を出したのは、それから2週間もしてからだった。
なにか文句を行ってやろうと思っていた僕らだったが、アシカのおっさんは松葉杖をついていて、足にはギブスをつけていた。服はいつものシャツ姿から、寝間着みたいな服を着ていた。

にも関わらず、変わらない笑顔で 遅かったな と声をかけてくるものだから、僕らは返事に戸惑った。
どうしたのと訪ねても、転んだだけというだけで、足のことはそれ以上聞くことができなくなってしまった。

ただ一人、トラだけはアシカのおっさんと目を合わせようとしなかった。

「おう、来たんか」
「おう」

それだけだった。まだあの時のことを気にしているんだろうなと思っていたが、どうもそうではなかったらしい。

それを聞いたのは、トラの口からだった。
おっさんが早めに帰った後、気まずい空気があたりを包んで、なにかおかしいと思っていた矢先に、トラが口を開いた。

「あのさ。俺みんなに言わなあかんことがあんねん」

ドキッとした。
今まで避けていたのを謝るつもりだったのかと思って、こちらも身構えてしまっていた。

「なに?」

とても嫌な言い方をしたと思う。

「おっさん。怪我してたやろ。あれ、俺のせいやねん」
「はぁ?」

僕らとしては、トラから思ってもみない言葉が発せられたので、身構えていた気持ちがどこかに吹き飛びそうになった。
それでも、トラのせいとはどういうことなのだろうと思って、再び身構えた。

「おっさん。この前俺が別の公園におるときに会いに来てん。悪いことしたなって。そんで、俺もなんか言わなあかんと思ったんやけど、こんな性格やから、どの面下げて来たんじゃってボールけってん。そしたら、なんでか分からんけど、おっさんがそれを蹴り返してきて、俺も蹴り返してって二人でボールの蹴り合いしててん。俺、ごめんって謝りたっかったんやけど、ついつい楽しくなってたら、ボール見逃して、取りに行ったら、車にひかれかけそうになったところをおっさんが助けてくれてん」

トラの話は、ビックリの連続だった。
サッカーをやめたと思っていたトラが、一人で練習を続けていたのもビックリだし、おっさんと仲直りしたかったというのもビックリだし、おっさんが車にひかれたこともビックリだった。

「やから、この前ちゃんと謝ろうと思って来たんやけど、こんかったやん。なぁ俺どうしたらえぇやろ」

トラは、今まで以上にしょんぼりして、鼻をすすりながらこの話をした。
どうしたらいいかなんて、大人だったらすぐに分かるのかもしれないけれど、子供の僕達にはどうしていいのか分かるはずもなく、解決する言葉も見いだせないままモヤモヤとした気持ちでみんなが岐路へとついた。





僕の母親は、僕からすれば厳しい方だった。
人には絶対に迷惑はかけちゃいけない。二言目には必ずそういう母に、思い切って今度のことを相談してみようと思った。
でもどうやって切り出せばいいのか分からずに、モヤモヤとしていると、母が「あんた人に迷惑かけてないやろね」と聞いてきた。

「かけてないよ」
「せやったらええけど、なんかあったら言わなあかんで」
「ねぇ、迷惑って何?」

あまりにも母がいうので、母の言う迷惑を確かめたくなった。

「迷惑っていうのは、人の嫌がることよ。悪口を言うたり、仕事の邪魔したり、食べた後のお皿をそのままにしてすぐゲームをやりだしたり。そういうのを迷惑っていうの」

母は、すこし陽気そうに言っていたが、目だけは真剣だった。

「ほな迷惑かけたと思ったらどうしたらええの?」
「謝ったらええねん。心からごめんなさいって相手に伝えるの。そしたら相手もそれ以上なにも言わんから」

それだけ言うと、母は食器をもって台所へ引っ込んだ。
僕の食器はそのままだった。

流しに食器を持っていく。
それをしないだけで迷惑になる。

幼い僕は、それをどこまで深く考えていたかはわからないけれど、そういうものだと納得して、その日はちゃんと食器を片付けた。
母は少し微笑むだけだった。

きっと、なにか考え込んでいるんだろうと、母には分かっていたのだと思う。
母の物分かりの良さときたら、なにかを失くしたと思っていたら、ほらこれでしょと僕や父が言う前にサッと渡してくる。
僕も父も、母にだけは頭が上がらない理由が、コレだった。


謝ればいい。
そんな簡単な回答を、僕らは考えにも出さなかった。
ただどうすれば、トラとアシカのおっさんが仲直りできるのだろうと、それにばっかり固執して、大きな所を見逃していたのだ。
僕らは、まだ「ごめんなさい」も「ありがとう」も言っていないのだ。





次の日曜日。
またしてもおっさんは現れなかった。寝間着だと思っていたのは病院服だったとその時に初めて気がついて、その日は一日中色々な病院を探そうという話になった。
ただ、どこの病院なのか僕らに分かるはずはなく、また病院の人に「アシカのおっさん」と言っても、病院の人は困った顔を浮かべるだけだった。

どうしようかと途方にくれ、公園へ帰るとおっさんがいた。

遅かったな

いつもと変わらない挨拶をしてくるが、おっさんよりも先に僕たちは集合していたので、どこか腑に落ちなかった。
おっさんは、いつもは吸わないタバコを片手に、ベンチに座っていた。

「タバコ吸うん?」
「ここやないと吸われへんからな。嫌いか?」

煙がこちらに流れないように配慮しているのか、おっさんは煙を上に吐きながら言った。

「別に。大人はみんな吸うんやろ?」
「大人がみんな吸うもんちゃうよ。タバコはなんか理由のあるやつしか吸わへん」

またもおっさんの訳の分からない力説だった。
タバコを吸う事に理由がいるなんてことも、僕らは知らないことだし、父がタバコを吸う人だったから、アタリマエのことだと思っていた。

「理由って何なん?」
「分からん」
「なんか理由があるから吸ってるんやろ?」
「初めはな。初めは理由があって吸ってんねんけど、吸ってる内に忘れるもんやねん。思い出したらまた吸いとうなる。お前らが遅いから忘れてしもうたわ」

そう言うとおっさんは、足の裏にタバコを擦りつけて、吸い殻をゴミ箱に投げ入れた。

「こう見えて、昔は野球もやっとってん。甲子園もでたんやで」

おっさんの言葉は、どれが本当のことを言っているのか分からない。
出会った時もそうだったけれど、おっさんとはほとんど公園でしか合わないので、どんな仕事をしているのか、どこに住んでいるのか、サッカーと野球とどちらをやっていたのか、その時は全然分からなかった。

「おっさん、入院しとるんやろ?」
「バレたか」
「俺が言うた」
「別にこんなん大したことちゃうのに、大事にせんでもええがな」

なんで言うねん。またもおっさんは一人で唸り始めた。
その時は、だれもそれが面白いとは思わなかった。言わなきゃいけないことがあると、誰もが思っていたからだ。

「おっさん。ごめんな」

せきを切ったのはトラだった。
すごく弱々しい声で、一番最初に僕が謝った時よりもか細い謝罪だった。

「俺のせいで、足そんなんなってもうて、ごめんな」

呟くように言うトラをじっと見つめるだけで、おっさんは何も言わなかった。
トラのしゃくりあげる声だけが、その場に響くだけだった。

「ほんでありがとうな」

最後に、トラが少し語気を強めていった。
弱々しかったけれど、そこには僕らの一歩先を行くトラの姿があった。
続いて、みんなが言う。僕も言う

おっさんありがとう。

何が起こったのか分からないと面食らったおっさんが頭を掻いた。

「その、なんや。訳わからんわ」

うんうん唸りながら、吐き出した言葉がそれだった。
僕らとしては、おっさんにサッカーを教わったし、トラは命まで助けられている。
それが分からないなんて、大人なのにアホだと思った。

「俺は好きでやったことやし、ありがとうってよぉ分からんわ」
「ありがとうはありがとうや!」

僕らは口々にそう言ったが、ここが子どもと大人の差なのかと今なら思う。
確かに、いきなり子どもたちからお礼を言われると言うのは、理由がわからないのだから戸惑うに決まっている。

「分かった分かった。どういたしまして」

おっさんは、うんうん唸ることもなく、ただ僕らの謝礼を受け取った。
辺りはすっかり日が落ちて、帰ってこない子どもたちを親が迎えに来た。

ここで一番戸惑ったのは、親たちかもしれない。
僕らは半べそをかいているし、ベンチには知らない男が病院服で座っている。

それでもおっさんは、僕らや親に気遣うこともなく挨拶を済ませると、ほななと言って去ってしまった。

僕らといえば、あれは誰だとか、どうしてそうなったのかと事の顛末を親たちに聞かれ、大目玉を食らうのであった。


おっさんとの出会いの話は、これで終わりだ。
おっさんが何者で、どんな仕事をしているのかを僕らが知るのは、そんなに長くはかからなかった。
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    No title

    長文なのに、滑らかで読みやすい文章ですね!
    りのさん文作るの上手でいいなぁ^^

    Re: No title

    これでも制作に2時間かかりましたよw
    はじめに、ぶっちゃけ全部その場の思いつきや雰囲気だけ決めて、あとは肉付けしただけなのでw

    本当に街で見かけたおっさんがこんな人だったら面白いなぁと思っただけなのでwww

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